味噌汁のように生きる

楽に生きよう。適当に。 間違うことも失敗することも色々あるけど。適当に。

労働者は「奴隷」なのか問題

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どうも、ぺぎおです。

アリストテレスは「奴隷は生まれながらにして奴隷である」という意見を持っていたというのを知って、色々考えてまして、それをまとめてみます。

現代の労働者は奴隷なのか

これ、よく例えられる事なんですが、本当にそうなのかなぁって思うわけですよ。

まぁ確かに、個人で事業を持って、いわゆる起業家というか、個人事業主になればそれ相応に収入が増えます。

基本的に軌道にのっちゃえば、サラリーマン(労働者)より儲からないなんてことはありませんよね。というかサラリーマンより儲からなかったら事業が破綻しちゃうんで、その時点で廃業だからって意味なんですけど。

労働者ってのは会社という集合体の中で、役割分担されてその結果、役割に見合った報酬をもらってるわけです。だから収入はみんなで分散するので少なくなるんですよね。

起業しちゃうとこの辺の事を全部自分が処理していくことになりますよね。人を雇えばいいんですけど、そのレベルのサイズの企業をするとなると、結構ノウハウが必要なんで、個人レベルの小資本ビジネスだと結構、社長や個人事業主って色々やらなきゃいけなくなるじゃないですか。

やる気ないとできませんよね。

やる気が無い事と、労働者でいる事をイコールで語っちゃうと若干申し訳ない感じはしますけど。ぶっちゃけ行動力があれば労働者はやってないってのも事実なわけで。でもね。それでいい気もするんですよ。

だって、世の中、やる気出すより、やる気無いままでいたい人って多いじゃないですか。

啓発ビジネス

Voicyなどでとある人達は、ビジネスを持つ事を推奨していますよね。

ぶっちゃけ僕もそっちの意見に賛同する派ですが、それは僕が個人事業主なんで、その方が楽だし儲かるからなんですよね。

でも「楽」の定義によりますよね。

僕は絵が本業なので、絵を描いて暮らしてるのでクソ楽です。

よく漫画家は大変だとか言われますけど、ちゃんとタイムマネジメントすれば1日4,5時間もあれば十分な量の作品が作れますし。インプットは漫画読んだりアニメ見たり、好きな雑学調べてるだけでいいんで、楽しいです。というか元々本を読むのが好きなんで、勉強みたいな本でも楽しめますし。

でもそういう、インプット・アウトプットを繰り返すのって結構ハードル高いと思うんですよね。

だからすべての人に「自分のビジネスを持て」って主張って適切かなーと思う事もあるんです。

つまるところ、彼は啓発ビジネスを一つのビジネスとして持ってるからそういう主張してるだけなんですよね。これは別に悪い事ではないんですよ。やる気が欲しい人もいるので、そういう人が受け取ってるわけだから。それを非難してるわけじゃないんですよ。

でもクソバカにするのはどうなのよって。

じゃあ、なんで彼らは労働者をこき下ろすのかって事なんですけど。基本にあるのはお金と時間ですよね。

お金は時間を産む

以前も書きましたけど、お金があると時間の余裕が生まれますよね。

だからビジネスを持てば、確かに時間もお金も余裕ができるのでクソ楽になるんですよね。それで、自分の好きな事を基本的にアウトプットしてるので、インプットも楽ですし。仕事でやらかして怒られるって事もなかなかありませんしね。

つまり、お金と時間の自由を得る事を、間接的に勧めてるのが啓発ビジネス何じゃないかなって思うわけです。

でも前述した通り、これには「やる気」が必要なんですよね。「やる気」ってすっごい俗っぽい表現なんで、ちょっと使うのいやですけど。まぁモチベとかそういうやつです。

インプット/アウトプット癖の無い人って基本的にこの「やる気」が欠けてるじゃないですか。

やる気が無いと、自分で仕事作れないんですよ。そんで、始めた当初ってめちゃくそ大変なんですよね。ネームバリューも無いし。そんな状態を稼げる状態まで持っていくくらいなら、労働者のままでいる方が僕は「楽」だと思うんですよね。

「楽」なのが一番大事なんで。

実際問題、奴隷問題を語る時って、本人がその地位での生活を「楽」と捉えてるケースってのがあるみたいなんですよね。

考えなくても役割を与えられるので、それに甘んじるというか。奴隷=きつい みたいな思考になってた自分としてこの事を知ってぶん殴られた気分でしたけど。

現代風に考えるなら「自分で仕事を取ってくるより、誰かが取ってきた仕事をやらされてる方が楽」って事になるんでしょうけど、これ、別に悪い事じゃなくないですか。

そういう人がいないと世界はまわらないし、何よりそういう人たちはある程度収入の安定性が見込めるわけですし。安定を取るか、高収入だけど色々勉強もしなきゃいけないってのを取るか、 そういうのを楽しめるかも含めると、どっちがいいかなんて一概に言えないよなぁって。

お金と時間両方欲しいって事だけに限定すると、100%自分でビジネスやる方がいいですけどね。人生の価値観って人それぞれなんでね。本人が楽な方がベストでしょ。

時間が不自由である事が「奴隷」であると比喩される理由なのでは

時間が不自由、つまり時間的な拘束が発生することが、労働者がいわゆる啓発ビジネスの人たちに「奴隷」と揶揄される理由なのかななんて思うわけですけど。

仮に「やる気」が無い人が時間とお金が自由になったら何するんでしょうね。

やる気無い人って、電車でソシャゲやってるじゃないですか。お金と時間が自由になってソシャゲやるんですかね。終わりますよ、ゲームが。そんな事してたら。

最近のゲームってスタミナ制だったりしますけど、課金で解決しますよね。それやってたらいくとこまでいくでしょ。いくらかかるか知らないけど。

お金と時間が自由になってソシャゲやってたら本当に社会に価値をもたらす時間を損失するので、自尊心なくなってっちゃうんじゃないかって思うんですよね。

会社につとめて、帰りの電車でソシャゲやって、次の日にまた会社行ってを繰り返してれば別にいいじゃないのって思うんですよね。本人がそれで楽なら。

実際、完全に不自由な生活してるわけじゃないんで、いわゆる「奴隷」が持つ言葉ほど、労働者の地位が低いとは思わないし、それは個人のやる気の問題なんで放っておいてやれよって思うし。

労働者である事を「洗脳だ」なんて言ってたら、労働者から脱却することもまた「洗脳」なんじゃないかって思うんですよね。

本当の洗脳はなんなのかってと、お金の価値観だと思うんですよ。

個人的には、今の所、労働者と事業家の大きな違いって、お金を使う時に、消費につかうか投資に使うかの違いだけだと思ってるんで。その価値観の違いが労働者で有り続ける方を選ぶか、事業家としてどんどん生産的な事やってくかの違いにつながるんじゃないのかなぁって。

だから、労働者やめて事業やれってのは、価値観の否定だと思うんですよね。

僕は他人の価値観はそっとしておいてやれ主義なんで、他人の事なんて、ほっときゃいいのにって思っちゃうんですよね。

彼らが言いたいことも理解できるけど、労働者という立場で居続ける選択をする意味もある程度理解できるんですよね。

時間縛られてようが、多少収入が少なかろうが、本人が「楽」なのが一番でしょう。

まぁでも実際、彼らが言うように企業する人が増えればその分経済もガンガン回るんで、日本は豊かになると思いますけど。

人生をゲーミフィケーションできるかどうか

スーパーベターになろう!──ゲームの科学で作る「強く勇敢な自分」 (早川書房)

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ちょっとソシャゲについて書いたんで流れで。

もし、これ読んでる中に、やる気が無いのをどうにかしたいって人がいるなら、人生に課題与えてゲーミフィケーションしちゃうのが一番ラクだと思います。

目標達成とかはif-thenプラニングとかPDCA回すとか色々ありますけど。そもそも目標というか課題が無いって状態の人結構いると思うんですよね。僕もそういう頃ありましたし、最近でもなんか目指すところが見つからなくなって、ぼんやり過ごしてる時期って結構ありますから。

だから、なんでもいいから課題つくって、PS4のアチーブメント?トロフィー機能?みたいにバンバン潰してっちゃえばいいんですよ。

年収何千万とかって目標はやめて、今月本を10冊読むとか、100本ブログ書くとか、本を一冊書くとか、一曲曲作るとかでもいいし。適当に課題つくってそれ潰す。

最近はYou Tubeがあるんで、音楽やトークをコンテンツ化できるから、その程度なら労働者やりながでも全然出来ますからね。

ぶっちゃけ、全部丸投げして個人事業主やるより、副業でやっちゃう方がいいんじゃないのって思うんですよね。個人的には。

啓発ビジネスやってる人たちは、もう副業より本業にしろ!って圧力で来ますけど。安全策残しておきたいって人間の心理も理解できるし。

実際僕なんかは、会社やめてやることなかったから、フリーランスはじめましたけど、メンタルボロっカスになりましたからね。

適当に自分が楽な道で、できれば積み上げられるタイプのコンテンツ作って、適当に小銭稼いでいけりゃいいんじゃないのかなってそんな事を思うわけです。

彼に労働者が奴隷と言われようとも、割と自由のある奴隷になるって道を選べばいいだけの話なんで。あんま啓発されすぎて捨て身で迫るくらいなら、のんびりやりゃいいんじゃないのって、そんな事思っちゃうわけですよね。

これ読んだらやる気ある人達は「甘い!」って言うと思いますけど。

これ読んで、本当にのんびりやるか、それとも奮起してやる気になるかは、受け取りて次第の話ですからね。僕がどういう意図を持って書いてるかなんて関係ないわけで。

また話がとっちらかっちゃって、まとまりがない感じになっちゃってますが、何が言いたかったのかっていうと。

奴隷は言い過ぎ! 本人が「楽」なら別にいいだろ!って事です。お金や時間の自由を得ることが、すべてじゃないしねー。すべてじゃない…のか?うーん。お金はともかく。 時間の自由は欲しいか、でもこれも時間の自由を得るには代償(仕事取ってくるやる気)がいるわけだしなぁ。

「人は自由の刑に処されている」 サルトルの言葉ですね。不自由の方が楽だったりもするんですよね。それを踏まえた↑で、どっちを選ぶかはアナタ次第って事で。

まぁ何にせよ。他人の価値観否定なんて面白く無いことやっても仕方ないよなぁって思うんですよ。自覚がないならまだしも、完全にリーマンを攻撃するつもりで発言してますからね、「彼ら」は。

そいでは、この辺で。