味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

「楽しい」とう感情を行動の指針にしてみる

f:id:gobo05:20170424184505j:plain:w500 こんにちわ。

あんまり気張ってると、記事書けない見たいだから。 雑記中心でいきます。 ってこれ前も書いた気がするけど。

人生において何に価値を見出すかで生き方って変わっちゃうよな。と思ったのでそんな話をします。

お金に価値を見出すか

お金は大事ですが。 最近投資や仮想通貨界隈の話をよく聞くようになりました。

自分も投資をしているのでわかるのですが、 加熱してるときって、価格の変動に生活を左右されてしまいますよね。

それが嫌で僕は長期投資しかしなくなったのですが、ぶっちゃけ動いてる銘柄(今なら仮想通貨がすごい値動き)を買わないと大きく短期では儲かりません。

でも、そうなると時間という取り戻せない資源を投資のために使うことになります。

この行動が文字通り投資となって、結果「お金を稼ぐ時間」から解放されれば、それはそれで成功なのでしょうが、みんながみんなそううまくは行きませんし。 そもそも元本が少ないとか、どこまで暴騰するかわからないのに、気持ちや思考を持っていかれていては、時間の浪費です。

投資は悪いことではないですが、その投資から得られるリターンやリスクに見合った時間の使い方をしているかは考えたほうがいいでしょう。 投資は費用対効果が高いと思われがちですが、自分の力ではなんとも出来ないもので結果が左右されるので注意が必要ですね。

また、仕事においてもそうです。 仕事を、お金目的でやっていると、仕事に使った時間でお金を得るのと引き換えに感情や健康を犠牲にすることになってしまう。 安易に好きなことをやって生きようとは言いませんが、その仕事に時間というリソースを消費してよいのか、吟味する時間をもつのは大切なことかもしれません。

お金は所詮、価値の交換手段でしかないですし、お金で解決できない深刻なものは存在します。

心身の健康はお金で簡単に解決はしませんよね。 治療費という形でお金で以って解決する場合はありますが、健康って病気の治療云々だけの話じゃないです#よね?

僕は心気症なので対策を模索していますが、お金で心の健康は簡単に解決しません。

健康に価値を見出すか

では、健康を中心に生きればいいのだろうか。 という、それも違う気がします。 もちろん健康は大事ですが、健康が全てと考えると、病気になると人生が終わってしまうという結論になってしまう。

心気症患者やタナトフォビア(死恐怖症)の人間はこういった、生への執着、健康への執着が強すぎるが故に、逆説的に恐怖症を抱えているのでは、と僕は考えています。

健康は大でも執着はだめ。 その時の自分にできる範囲で体を大事にする生き方かベターです。

楽しいに価値を見出して生きようと決めた

そんなことをいろいろ考えて、僕は「楽しいという感情」をメインに生きていこうと最近考えています。

苦しむために生まれてきたわけじゃないし、どうせ生きてるなら生きている間は楽しんて生きよう、と。

最近、森田療法の本を読みました。

森田療法は「あるがまま生きる」というメインテーマをもった心理療法です。

ざっと説明すると、不安や心配などの感情が湧くのは自然なことだから、それより建設的に行動を起こそう。 という感じの療法です。 

僕はネガティブ人間なのでこれまで、 「仕事頑張らないと将来のお金が不安だ」 「体に悪いなら好きな食べ物でももう食べないようにしよう」 「人付き合いはストレスが貯まることが多いからなるべく避けよう」

とかとか、とにかく不安や恐怖心を回避するような行動を基準に生きていました。

でも30代を迎えて現在、笑うことが減っていると常々感じます。

お金のための仕事。 健康のためだけの食事。

こんなの生きながらえるために生きてるたけじゃないかと。

多少体に悪かろうが、多少リスクを背負おうが、多少嫌なことに巻き込まれようが。 トータルでプラスを求める生き方のほうが人間らしい生き方なんじゃないかと。

そんな結論に至ったわけです。

来年はカルチャースクールでも通ってみようかな。