味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

学習効率を高める。「理屈」より「経験」の話

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ども。SANKAKUです。

最近、センスってのは所詮記憶なんだなって
実感してきました。

センスのみならず。
知識も技術も記憶。
要はその事柄に
どれだけ長い時間、
どれだけ興味をもって触れてきたか
というだけの話だなって。

センスが知識だってのは
よく聴く話ではあったけど。

ボクはこれを勘違いして
「理屈を覚える事」
だと思ってました。

デザインの教科書とか買って。
なるほどこういう理屈か、
と学ぶ事が
センスを磨くのだと。

それは間違っては無いし、
理屈は大事だけど。
遠回りだと思ったので、それについて書きます。

効率よく学ぶには手を動かす

何かを学んでる人なら
効率よく学びたいという欲はあると思います。

資格や学校の勉強なら
学習方法は山のように世の中に出回ってるし
そもそもそれらは、基本的に記憶を蓄える事を
前提に置かれたテストが目的だから
迷う事は無いでしょう。

ただ。スポーツや芸術の世界になると
これが全く非効率になってしまう。

ボクは一応、芸術側の人間なので
センス=知識 を
どうしても学校の勉強のような捉え方をしてしまっていました。

でも目的は
理屈を得る事ではなく、
その技術を体感し体得する事なので
理屈は後回しで良いのではないかというのが
現在のボクの結論です。

つまり手を動かせという事。

絵なら模写をしてみる。
スポーツなら、すごいプレイを真似てみる。
ギターなら耳コピしてみる。 理屈ややり方は放って置いて。

五感で感じたまま真似てみる方が
手っ取り早く、そのセンスに触れられるのです。

感情の重要性

また理屈より体感した方が学習効率が
良いと感じる理由の1つに
感情があります。

楽しいや面白い。
出来たとか大変だとか
そういう感情を感じる事が
記憶の過程に良い影響を与えます。

強い感情が生じた出来事って
頭に残りやすいですよね。

理屈からだとこれが無いので
だから、記憶に残り辛いのです。

脳の処理の流暢性によるご帰属

脳には処理が速いものを好む性質があります。
これを脳の処理の流暢性によるご帰属、というそうです。

単純接触効果なんかがそれに当りますね。
繰り返してみるていると好きになってしまうというやつ。

本来の好きとは別で、短期的な誤認ですが
これは学習に置いては非常に使えます。

学びたいものにとにかく触れまくっていれば
脳の、ソレに対する処理が早くなるので
それが好きになっていくという事です。

学習の過程において、
最初のわからない、出来ないの状態が一番厄介です。
一度、誤認するレベルまで持っていけば
後は、わからない→わかる。
出来ない→出来る。

に変わっていくまで繰り返すだけ。

これは体験でしか得られない事で
記憶を重んじる学習ならまだしも
結果としてアウトプットが必要な
スポーツや芸術で理屈を覚える過程では
これは意味を成さないでしょう。

理屈からより、
体験を繰り返す方が
この効果を効率的に利用できると思います。

感覚を大事にする

また、身体感覚や作品の良し悪しというのは
理屈は絶対条件ではありません。

よくスポーツ漫画なので出て来る
天才肌のキャラクターが
「ドーンとやってバーンだ!」
みたいな教え方をして普通の選手に伝わらない
なんてシーンがありますが、
感覚というのは自分の中にあるものなので
体験してみないとわからないのです。

スポーツや芸術は
こういった個人の感覚というものが
結果を出すために必要不可欠になります。

理屈で動こうとすると
思考と身体が一体にならないので
考えるてる時点で負け。というあの状態に陥ります。

リアルタイムではないものもそう。
例えば、絵や作曲。
これも結局、理屈ではこうだから、と調べていては
インスピレーションはどこかに行ってしまいます。

一時的にそういう思考を要する時期があったとしても
最終的には感覚を頼りにすることになるので
無知なまま感覚に頼るのは危険なので、知識は必要ですが、
感覚が最初から最後まで必要である事は明白です。

体験して感覚を大事にする方が
後にも先にも重要なのです。

知識は経験を自覚するきっかけになる

では知識はどういった場面で役に立つのか。

それは、自分の感覚を確かめるためにあるのです。
今、良いとされてる理屈を学ぶ事で
「あーあの感覚はこういう事だったのか」と
自分の感覚と世間で良しとされてるものの整合性を取ります。

でも、注意しなければいけないのは
その知識がすべてではないこと。
また、それが売れる売れないの良し悪しや
良いプレイが出来るかどうかの基準として
絶対ではないことをしっかり把握しておくことです。

感覚の方が重要という事ですね。

現に、売れてる作品でも
セオリーを無視しているものは沢山あります。
理屈に捕らわれてしまうというのは
良くも悪くも
「現段階での最上級」しか演出できません。

理屈の枠と越えるためにも
体験で得た感覚を優先した方が良いでしょう。

頭でっかちにならずにやってみよう

頭でっかちにならず。
まず手を動かす事がセンスを磨く上で重要という事をでした。

もっと具体的に話すなら

ボクは絵描きですが、
ロゴデザインが苦手でした。
どうしても作中でそういったものが必要になるのですが
理屈も感覚も持っていないので
いつも、四苦八苦してました。

そこでデザイン理屈を学ぼうと本を買ったりしてみたものの
一行にうまくならず。

それなりに成長を感じたのは
Pintrestを使って
ロゴデザインを沢山模写してからです。

それを通して理屈として学んできた事が
どういう意味をもっていたかが理解出来るようになりました。

まず、勉強ではなく。
まず体験、が大事な事って沢山あるんだと思います。
特にスポーツや芸術の世界では
まずやってみようが一番の勉強になるのでしょう。

頭でっかちにならず、まずやってみる。 大事です。