味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

わからないから恐い。死生観を考える

f:id:gobo05:20170501135601j:plain:w500

どうもSANKAKUです。
自分が死生観を持っていない事に
ココ数日の心気症で気付かされました。

死生観というか
死の恐怖を定義できていないというか。

何があってもどんな事があっても
その行動そのものには生産性が無いとダメだと思うのです。
心気症でだらだらネット検索することが非生産的であるのと同時に
それは本人を傷つけるだけで
なんのメリットもない。

だったら今回の心気症は
自分にプラスな事を何か作れないか?
というのを根底に据えて
過ごしてました。

そこで得たものは なんだったのか
まだ自分でもはっきりしてないのだけど

ガンジーの言葉 「明日死ぬと思って 生きなさい。
永遠に生きると思って 学びなさい。」

まずご注意を

死生観についての話になるので
多少宗教くさい話が出ます。
僕自身は特定の宗教は信じていませんが
オカルトを全否定もしません。

科学は自然に起こっている事を
定義、説明するための仮説です。

故に今わかっていない事をすべて「オカルトだ」と
否定をする事は敢えて行いません。

ボクの科学、オカルトへの考えの今回にあるのは
「可能性の違い」でしかありません。

故にオカルトでも
信じる価値があるなら
信じますし

現在の常識を疑う事もあります。
例えば「●●は身体にいい」が 現在否定されてる事、沢山ありますよね。 特定の団体を敵に回したく無いので伏せますが
子供の頃よく飲まされていたアレですね。

これを踏まえて
ボクが科学や常識を絶対とも考えていないし
オカルトを全く信じていないわけでもない
あくまでもどちらも可能性、証明された事実が事実として 現実に存在する確率の高さが
違うだけだと考えている事をご了承ください。

何がいいたいかというと
オカルトに過剰反応する宗教嫌いの人は
死生観を考察するのは困難だと思うので
読まない方がいいです。という事です。 どうしても多少そっち臭い話になるので。

死が何故恐いのか

死=恐い というのはどこかから植え付けられた思い込みで
それを「何故」と問われると定義できてる人は少ないと思います。

そのため、死の恐怖とは抑えがたい。

何故死が恐いのか、その第一の理由は
「死が何かわからないから」という事でしょう。

日本人には宗教を持つ人が少ないです。
かくいうボクも、特定の宗教を信じていません。
都合よく、人生哲学としてキリスト教も仏教も神道も
含めて「この考え良いね」と思うものを取り込んでいる感じで
それこそ自己啓発本と同じ扱いで取り入れています。

そんな人間なため
はっきりしていない事
「死後の世界」の話なんて
とてもじゃないけど信じられません。

地獄があるとか天国があるとか言われても
「それ見た人いるの?」ってなっちゃうわけで。
信じたくとも信じられないのです。

他人の信仰について悪く言うつもりはありませんが
こういうのを信じられる人は
本当に純粋な人か、
どっかおかしい人かのどっちかでしょう。

だから日本人が宗教をもっていない事については
悪いとは思わないのですが
それ故に「拠りどころがない」事は問題だと思うのです。

死については特にそう。

死生観を持っていない人が多い。
「死んだら真っ暗」これでは
ただただ、恐いですよね。

だから死について自分なりに
または科学で証明されている可能性まで含めて
死を自分で定義する必要があると思いました。

つまり自分自身の死生観を持つ という事ですね。

生まれ変わりはあるのか

生まれ変わり。 これについて調べてみた所
クソ真面目に研究している科学者がいくらかいるようです。

量子論やらなんやらの話も出てきました。
とはいえ、ソースが怪しいニュースサイト掲載の話なので
正直話半分で聞いておこうという事でしたが…。

他人の記憶を持って産まれてきた子供を調査したり
なんやかんやで
平均四年半くらいで人間は生まれ変わっているのでは
という話があるそうです。

オカルトだと思うか
科学だと思うか
正直ふわっふわな話なのですが

もし本当に避けられない死が訪れた場合。
たぶん、ボクはこの可能性を信じると思います。

宗教を信じていない人でも
逃れられない身の危険や不安を感じた時
神様に祈ってしまうように。

少しでも可能性があるのであれば 信じてみたい。

この生まれ変わりの可能性は
「ただ真っ暗な世界」に落とされると思うよりも
少し救いになりました。

まぁ蜘蛛の糸というには
細すぎるくらいオカルトによった話ですが。

死生観

死んだらどうなるか
生きるとはなんなのか。

ガンジーの言葉 「明日死ぬと思って 生きなさい。
永遠に生きると思って 学びなさい。」

スティーブ・ジョブズも似たような言葉を残してますよね。

このガンジーの言葉、初めて聞いた時は
ボクは一部のみを聞かされていました。
つまり「明日死ぬと思って生きなさい」という部分です。

今日を精一杯生きるということについてのみだと
普段自分の人生を支えてる
スキルアップのための行動が全部否定されてしまいます。

だから今回ガンジーのこの言葉を正しく知れたのは
本当に利益のある事でした。

「永遠に生きると思って学びなさい。」
この一文は
ただ余命を告げられたら終わりという意味でもなくなりました。
上に示した生まれ変わりの可能性を含めて。

生きているという事は
この世界で身体をもって生きるという事です。

宗教では精神世界の話もしますが
これについては正直よくわかりません。
量子論の言う所の量子の世界と物質の世界では
全く別の量子の観測行われる事が知られてします。
二重スリット実験など。

二重スリット実験 - Wikipedia

僕達が今生きている世界と
それを構成しているものが
違うレベルで動いているのは確かです。

宗教の言う話だけではわからなかった事が
いつか証明される日がくるかもしれないし
来ないかもしれない。
そんな事はとりあえずおいておいて。

自分が何を信じて
どう死生観を構築するのか。
それは個人個人が考察しなければいけない事です。

死を乗り越えるのは本当に難しい。
だけど。

今を生きるためには 死を知らなければいけないと今回はっきりしました。

その上で
健康に生きる事
時間を大切にすることを考えないと。

今が良ければいい。だといつか来る死に耐えきれないし。
未来の事ばかり考えていると、道半ばで死んでしまう事に耐えられない。

どう生きるかを知るためにも
あらゆる面から
自分の死生観を作るのは
すごく大切な事なんでしょうね。

まだまだ死について考えるには
情報不足なので
僕自身の死生観も固まってませんが

考えるきっかけをくれた今回の心気症は
生産性のある心気症でした(笑