味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

生きる意味を買うというゲスい発想で寄付をしよう

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どうもSANKAKUです。 今回は寄付の話。

寄付って金持ちだけが出来るもの
なんて思われてるみたいだけど
そんな大きな金額じゃなくても初められます。

突発的な大きな出来事以外でも
日々何かの問題を解決するために
働いてる人の支援をする事は
誰にでも出来ます。

これをやるとメンタリティが変わります。

その過程についてちょっとお話をば。

自分は人の役に立ってないという感情

ボクはエンタメ産業の人間です。
このブログをはじめたきっかけもそうですが。

エンタメってのは基本的に
無くてもいいものです。

面白いや楽しいという感情を支える産業なので
実益を生み出すわけでもないので
人の生活を支えたり
病気や悩みを解決したり
人の命を救ったりもできません。

そういったことを最近
考えるようになって
何か人の役に立つ事が出来たら
生きてる感じがするのかなぁなんて
考えた事がブログを書くきっかけになりました。

ただブログって
クソ難しい上に
自分の中に「人の役に立つ要素」
が対して無いことがわかっただけでした。。

とはいえ
書く事は楽しいですし
読んだ本をちょちょっとまとめたりすれば
その本を欲しいと思ってる人が
検索して見に来てくれたりしてるので
まぁ…多少は役にたってるのかもしれません。

ただ仕事に対しての意識は
笑いや楽しいって感情は
人生に取って意味のあるものだと
思えるようになってきたので
前ほど無力感を感じる事もなくなりました。
ですのでこれについては一件落着ですが。

直接的に何かできないか?と
考えた時に
昔某所でやってた寄付を再開してみようと
思いつきました。

今回寄付をした先は、前寄付をしていた期間ではなく。
「かものはしプロジェクト」
とという子供を支える活動をされている期間です。

某所 については
とんでもなく大きな機関ですが 日本の漫画を悪いものとした発言を
関係者がした事があって
エンタメ産業の人間としては
その機関に寄付を続けるわけにはいかなくなって
やめたわけです。

まぁこの話は長くなるのでとりあえずおいておいて。

今回寄付をはじめた事で
無力感から解放されたので
もしかして寄付って
無償の愛 みたいなものじゃなくて
自分も価値を得ているのでは?
という考えにたどり着きました。

人のために生きているということ

ボクはフリーランスで
基本的に、誰とも接触せず生きているので
余計にですが。

自分の仕事が
誰かの役に立っていると
感じるのは日本社会では難しいようです。

ビジネスは 時間を払ってお金をもらっているのではなく
誰かに価値を提供するから
変わりに交換価値としてのお金を
受け取るという仕組みなのですが
この感覚を失っていると
仕事への情熱みたいなものが
どんどん薄れてきます。

仕事への情熱が薄れるだけならいいですが
自分が何のために生きているのか
みたいな大学2年生みたいな事を考え始め
おかしな事になってしまうかもしれません。

寄付をすれば
自分が働いて稼いだお金が
人の生活や命を
少しでも支えているんだと
近い位置で感じられる事ができます。

これは仕事上で感じられるのがベストではありますが
日本の生活水準は高くなっているので
人の命に関わる事をしているのは特定の仕事以外ありえません。

マズローの五段階説で言うなれば
他人の生存や安全の欲求に対して
自分が貢献できていると感じる事の方が
他人の自己実現に対して貢献するより
インパクトが大きいのではと思うのです。

つまり
日本社会でのビジネスでの貢献度より
寄付をすることでNPO団体を支援する方が
他者へ貢献しているという感覚を受け取る大きさが
大きくなるのでです。

一人の寄付には価格以上の価値がある

とはいえ
金額が小さいなら
自分の寄付はほぼ無価値では? と思ってしまうかもしれません。

それは間違いだと思います。
発展途上国などでは日本のお金の価値が
大きいという意味でもそうですが

何よりも
一人でも多くの人に支えられているという感覚は
慈善活動をされている人の支えになると思います。

僕自身も自分の作品が
一人の金持ちがすべて買い支えてくれていても
何も楽しくありませんし嬉しくもないです。
お金は満たされますが
心は満たされません。

ボクは作品を売ってお金にしていますが
それは究極的にはコミュニケーションなので
一人でも多くの人に「共感」して欲しいと思うのです。

慈善活動をされている方も同じだと思います。
もちろんこちらは本当にお金があれば
命を救えたりするレベルで働いているわけですから
金持ちの多額寄付は重要なファクターになります。

しかし
自分たちの活動を支えてくれている人が
沢山いるという事は
多くの人の「共感」を得られているという事で
自分たちの問題提起は間違っていなかったと
心を支える事にも繋がると思います。

月1000円~で買える 生きてる意味

あまり寄付をしよう なんて
言うものじゃないかなと思ってたのですが。

自分のためになったと感じたので
生きてる意味を買ったな と思ったので
ここに書きました。

利己的に考えても寄付はいいと思います。
自分が無価値だと思ってるなら
寄付をしてみてはどうでしょう。

もちろん明日食べるゴハンを買うお金が無いレベルの人は
まず自分の生活を支えるべきですが。

一般的に仕事をしている人なら
月1000円で生活が破綻したりしませんよね。

ボクはもっと仕事を頑張って
多額の寄付が出来たら
もっと生きてる感じが味わえるのかも
なんて若干歪んでる考えすら今は持っていますが

別に動機なんてなんでもいいんですよ。

「やらない善よりやる偽善」とか言いますけど そもそもやった時点で偽善ではないので
やったもん勝ちだと思います。

お金には良いも悪いもないただの価値交換手段とは良くいいますけど
悪いことをして稼いだ金であろうがなんだろうが
行為が悪いのであって
お金が悪いわけではないのです。

だから「悪い」とまでは言わずとも
自分の仕事に意義を見いだせなくても
そのお金をどう使うかで
仕事の意義も作ることが出来るんじゃないかって思うんです。

難癖つける前に
自分の生活を傷つけない範囲で
自分の生きてる意味を
寄付で買ってみてはどうでしょう。

結構、価値観が変わりますよ。
生活がマンネリ化してるなら是非どうぞ。

寄付先は自分の目で判断して選ぼう

最後に 寄付先は自分でちゃんと選んでください。
変なとこいっぱいあるので。

ただ忘れちゃいけないのは
活動してる人も生活資金がいるので
それも支えてるって事。

原価 いくら?
みたいな短絡的な思考に陥らないように
よろしくお願いします。

日本の子供への投資としての寄付もしたい
と思っているので
日本の子供の学習支援や
両親を亡くした子への支援先も検討中です。