味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

教養?概念?漫画やアニメは楽しんで自分を育てるお手軽ツール

フィクションは精神を育てる。

どうもSANKAKUです。 有名な自己啓発本7つの習慣に書かれてある、 第7の習慣「刃を研ぐ」

その中には「精神を磨く」という項目がります。 この項目は非常に幅が広く、人それぞれその解釈に個人差が出てくると思いますが、芸術に触れる事が1つこの話をする中でよく解説されています。

その流れで、今回はフィクションに触れるという事について書きたいと思います。

芸術とは何か

フィクションの話をする前に芸術ってなんだ論。

「アレは芸術じゃない、アートじゃない」って話する人いますよね。 マンガやアニメ、ゲームは芸術なのか。 ボクは芸術だと思っています。 もっと言うなら大人向けのアレソレも芸術だと思っています。

ボクの芸術の定義は、「人が創作したもので、誰かの心を良くも悪くも動かすもの」です。
芸術は非常に曖昧で個人個人定義があると思いますが、日本だと古くて高尚なもの=芸術みたいな捉え方が一般的になっているような気がします。

でもそもそも、芸術の幅を決めるなんて、芸術への冒涜だと思いませんか。
人が何を感じるかは個人が持つ価値観によるもので、他人が押し付けるものではありません。
そんなくだらない行為を、他人の作品を利用して行うなんて何様なんだと思います。

ボクは世の中にある作られたものすべては芸術、アートだと思います。自分が作ったものをアートだ!とは堂々と言えないので、他人を認める事で自分の作品もアートだと思ってもらえる日が来ればというヨコシマな思いも込めて、創作物はすべてアートであるという定義を持っています。

よってフィクション。アニメやマンガ、ゲームという文化も、「人の心を動かす」ので芸術ということで話を進めます。

精神を育てるとは

精神を育てると言われても、マンガ読んで精神なんて育つの?とボクは以前思っていました。
ですが、フィクションの中にはあらゆる価値観が含まれており、それを疑似体験する事が出来ます。だからこそ、映画を見て泣いたり笑ったり、驚いたりするわけですね。

もちろん疑似体験。実際の体験とは全く違うのですが、自分の価値観に気づく事ができます。 映画を見て

  • キャラクターが好きだと感じたり
  • ぞっとするシーンにドキドキしたり
  • 可哀想だと涙を流してみたり

画面の向こうだとわかっていても反応してしまいます。 それが自分の中にある価値観です。

人がみんな同じものを持っていると思ったらそれは間違いで、自分がいいと思っても他の人はそうは思わない、なんてことは山ほどあります。 だからこそそれが自分の価値観であるという事に気づくためにもフィクションは十二分にその役割を果たしていると思います。

逆に「周りの皆が観て良いといってた映画を観たけど、つまらなかった。」これも価値観に気づくきっかけになりますね。

これらの疑似体験を沢山経験する事で、自分の好きなもの嫌いなものがはっきりしてきます。 ボクは職業柄、嫌いとわかっていても観る事もあるのですが、普通は「この手の作品は苦手だな」と思えば大体避けますよね。 それを繰り返す事で取捨選択され、より深く「良いと思うもの」を中心に触れる事で自分の価値観が洗練されてきます。
洗練された価値観とはつまり、センスの事です。

センスは知識

センス(感性)ってなんだ。 と悩んだ時期もありましたが、どうやらセンスとは知識の事のようです。

日々を生きる中で自分がどれだけそのポイントに興味をもって物事を見ているか、感じているか。それがセンスを磨きます。

まず自分が好きなものを知る事で、それらに対しての造詣が深くなっていきます。そのためにも多くの芸術に触れる事が必要になってきます。

自分は表現する人ではないから、と思う方もおられるかもしれませんが、センスとして確立された価値観は人生の無駄を排除するのにも役立ちます。

以前述べた、エッセンシャル思考の「より少なく、しかしより良く」の考え方に対して衝動ではなく磨かれた「感性」で反応出来るようになってきます。

自分のセンスは他人にも伝わりますので「君こういうのが好きだよね」と自分の好きなものが自分の周りに集まり初めます。
芸術に触れる事で自分の視野が広がり、価値観が定まり感性が磨かれる事で、より生きやすく、楽しい毎日が過ごせることにつながっていきます。

ゲームもマンガも間違いなく芸術!だけど…

時間は大事!特にゲームは気をつけましょう。
マンガは基本ストーリーがあるので、読んで面白いと感じたなら、前述した通り、時間そのものが100%無駄になることはないですが、ゲームはそうで無いものが増えてきました。

時間を無駄にしてしまっていないか、確認しながら、節度をもって楽しむのがオススメです。

我を忘れてゲームしないとダメな状態が続いているなら それは依存症になっている可能性があるので依存について学んで思考を正すか、然るべき機関で相談、治療を受ける事をおすすめします。

少し余談ですが、 依存については知る事でかなり改善されます。以前ボクはネット中毒でしたが、依存について学んだ事で改善されました。

小説以外の本を読めという人

沢山いますよね。読書は自己投資、ビジネス書や専門書を読め。小説やマンガは読書じゃないって。
以前はボクもそう思っていました。ですが、実際読んでみると、かなり自分の価値観に変化が起きたと実感しています。 たしかにビジネスリーダーのような人は忙しいので、マンガ読む時間があるなら別の本を読んだ方がいいのかもしれません。 ですが、ビジネスリーダーだからこそ、センスを磨く必要があるのではないかとも感じます。
面白い生き方、面白い物の見方というのはリーダーとしても必要な要素ではないかと思います。

フィクションは人を育てるのに効率的な教材であり、娯楽であると思います。マンガ文化が盛んな日本に生まれてるんですから、せっかくならその日本らしさを自分の中に活かしてみればいいんじゃないでしょうか。

ただ、ファインディング・ニモやあらいぐまラスカルのように、作品の意図と違った形で人を動かしてしまうこともあるので…。 フィクションが人の精神を育てるのは事実だと思うけど、それと未熟な人間のフィクションへの対応の反応とはまた別の話だってことで。

この点についてはフィクションが悪いのではなく、その人間が未成熟であったり異常なだけなんですが、漫画規制とかそういう問題ですよね。漫画が悪いのではなく、その人間が悪いというところから目をそらしているというか…まぁこれは長くなりそうなので、この辺はまた別のお話。