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味噌汁のように生きる

書評レビュー中心の雑記ブログ。仕事術とか健康関連の本を読む事が多いです。

人生の攻略本的読書!速読や多読って本当に必要?

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どもSANKAKUです。 多読、速読を覚えて実際に実行した結果、「読書とは何か」「何故読書が必要なのか」「本当にそんなに読む必要があるのか」「生産性の高い読書とは」等々考えた結果、読書について、辿りついたボクなりの考えをだらだら書きます。

人生の「ためになる」読書とは

合理的な、ためになる読書とは、実際の行動に移せる知識を得る読書だと思います。
面倒くさいのでバッサリいきます。ソレ以外は娯楽です。

先に言っておきますが娯楽を否定しているわけではありません、多読家の放つ「本を読むやつは偉い。読まない奴はダメ」に対し、ボクは「所詮あんたらも自分の娯楽として読んでるだけなのに何エラソーな」って思ったのでバッサリいきたいだけです。

娯楽はその人を育てる材料になるという記事もある程度まとめてあるので、後日アップします。

この記事では、哲学や文学はもちろん、人生に対して行動に影響が出るレベルで価値を持たないなら娯楽という定義でいきます。

その人に影響を及ぼさない読書は、その人から何もアウトプットされないので、ただ知識欲や読書良くを満たしているにすぎないからです。
つまり、たとえマンガやラノベであっても、それを利用してアウトプット出来るならそれはその人にとっては娯楽ではない、という定義です。(漫画家がマンガを読むのは娯楽ではアレど自己投資の価値もある、ということ)
逆に、教養だ教養だと、あらゆる知識を身に着けてもその人から何もアウトプット出来ないなら、それは読書家がよく否定する「マンガを読むこと」と変わらないと考えています。 アウトプット出来ないなら、所詮その個人の娯楽です。

では、自分の役に立つ意味を持っている本というのはどういった本か、それを重要度順に並べますと、

生産性の高い本

  • 【重要】思考法についての本
  • 健康についての本
  • 人間関係についての本
  • 仕事、専門分野についての本
  • 一般教養(必要な幅に個人差あり)

娯楽の域に入る本

  • 一般教養(上記から漏れたもの)
  • 娯楽、コミュニティ所属のための教養

ほとんどの多読家が言う、「読書のすすめ」が教養のためのものです。 教養とは属しているコミュニティや生き方によってその必要な幅も密度も個人差があると思います。
不要というわけではないけど、そもそも教養についての知識は読書の中でも、もっとも生産性の低い読書だと考えています。
軽視はしていません。重要ですが、読書のススメとして教養を前提にするのは生産性の観点から見て非効率であるということです。

生産性にこだわる理由は、ボクの生産性の定義が広いことにあると思いますが。そもそも人は他人にどれだけ影響を与えられるかということが社会的な価値を決めるからです。
数なり一人への影響力なり形は様々ですが、読書で自分を磨くなら、この影響力、つまり読書の生産性に注目をした方が「読むべき本、読みたい本を選びやすい」と考えました。

この章のまとめ

自分のための読書をするのが大事

世の中には多読しなければならないほど、実用的な知識はない。

生産性を考慮して本を選ぶなら、ぶっちゃけると多読しなければならないほど、必要な情報量は多くありません。

これは本が少ないという意味ではなく、そもそも情報がそんなに多くは無いのです。

健康についてなら最新医療や最新健康法など毎年色々でてはいますが、結局自分が生活に取り入れられる事は普遍的なもの(野菜を食べよう。夜はきちんと寝よう)であったりするわけです。
それらの基本を抑えるための、エビデンスや専門家のコンセンサスが得られた情報を仕入れ、行動のための基礎とするために本を読むのです。極端な話、行動が出来ている人は専門家以外は細かい知識は不要です。
その選択は読まなければできませんが。行動に変えられる知識に限定して考えるなら、月に数百冊も読まなければならない程、新しい情報は出ていません。

●●はこういう理由で大事だから、「こうしたらいいよ」の「こうしたらいいよ」の部分が昔から言われてることだったりするわけです。
運動しろとか。よく寝ろとか。

論文レベルで情報を収集している人もいますが、彼らはその分野の専門家なのであって、一般人の生活レベルにただちに必要なほど緊急な情報は出ないのです。そんなレベルの情報は死に関わる事でしょうが、そんなレベルなら本以外の形で当たり前のように周知されます。

知識を出力する事を生業としている人以外に重要なのは、
小さな行動を継続する事であって、最新情報を漁る事ではありません。

この章のまとめ

一般的な知識を得て、行動に移す事が多読よりはるかに重要

多読して得られるもの

多読して得られるものは、多ジャンルへの知識ですが。 これはほとんどの場合、教養、娯楽です。確かにアイデアの源泉になるような情報がある場合が多々あるので、娯楽といえど無駄とは言いません。

ただ、読書しない人に対しての多読のすすめは、そもそも普遍的な仕事やプライベートでの生産性を向上させるための、知識をすすめるべきではないかと思うのです。

*ボクの言う生産性とは、GDP的なことのみならず、仕事の能率を上げる事、時間の確保、効率よく人生を生きるという事です。

教養としての読書のが娯楽になることに対して説明しますと、ニーチェの偉大な言葉をいくら知っていても、歴史に詳しかろうとも、目の前の仕事を効率よくこなせないなら、その知識はその人のマクロ経済学的な価値になんの影響力も持っていないという事です。

つまり生産性があがらない=人生も豊かにしない、のです。 「生産性の低い読書」とはこういった読書の事です。

齋藤孝先生の速読本、読書力の本を読みました。 ※例として斎藤先生の本をあげますが、斎藤先生が本記事であげている多読家のモデルになっているわけではありません。
主にボクの上げている多読家の主な例はYOUTUBEやニコニコで配信してる「ボク本沢山読んでます。読んでない人バカなんじゃないの?」な人です。

著者はこれらの本の中で読書の重要性を説いています。 それに対して、ボクも多くの面で賛同できます。

※読書力の方はハマらなかったので最後まで読んでません。それによって著者の主張の誤認があるかもしれませんが、ご了承ください。
速読塾の方は読書しない人にとって、いろいろシガラミをとっぱらってくれる良書なので是非。

重要な知識を得るための読書としての読書術はまさに素晴らしい考え方だと思いますが、同時に本を読まない人への怒りのような文章を書かれています。

もちろん、ボクは読書をすべきだと思っています。
知識は活きるために必要です。読書し始めてからあらゆる面で本を読んでいてよかったと思います。 健康や仕事の面では本当にそれを感じています。

ですが、斎藤先生がこれらの書籍の中で上げている本に疑問を感じました。
確かに人を育てる本かもしれないけど、哲学や文学、古典。かなりの読解力と行動力がないと、それらの本から得た情報を生活に落とし込む事は困難です。
そもそもそんな事が出来るのは、頭のいい人だけでしょう。ボクは凡人なので、間違い無く無理です。

本を読むのは人を作る上で大切だと解いていますが、ボクは別にそんなものは、そもそもの人間関係、多くの人が見ている映画やドラマでも十分代用が可能だと感じています。 これは、教養とは別の話で、人を作るのは読書ではなく、その人の意識の向け方です。
そのきっかけを読書で得るということなのだろうと思いますが、必須ではないと思いますし教養や娯楽的読書からそういった意識の変化を得るのであれば、それはドラマやアニメからでも可能な事です。
そもそも意識の変化に焦点を当てた読書は、教養的読書ではなく、思考法を学習する読書であるとボクは思います。

アニメで良いなんていってると、読書のなんたるかを説いたおじさん達に怒られそうですが、そもそもアウトプットを前提としてない読書なんて元々娯楽だったんだから、アニメと一緒ですよ。読みたいやつが読んで、楽しけりゃいいんです。
何を偉そうに本を読んでない人を下に見てるのか、ボクは本を読みますが、全く理解不能です。

こういうと哲学とかの否定になりそうですけど、哲学は最高の思考的娯楽だと思ってるので、ぶっちゃけ生産性は低いと思います。そもそもアウトプットを前提とされてないですし、文学的なものの領域でいいんじゃないですか。
ただ思考ツールとも取れるので、哲学を学ぶことについては多面的に見ていく必要があるかもしれませんが、今回はとりあえず娯楽と定義します。面倒くさいので。 あと、上に述べたように、凡人が哲学を思考ツールとして使うのはほぼ無理なので、思考ツールが欲しいならおとなしく体系化されてるフレームワーク思考を学んだ方がいいと思います。ですので哲学は娯楽でいっか(・ω・)

何度も述べますが、生産性の高い読書については別です。これは国レベルでなんとかした方がいいんじゃないかと思うくらいです。
知識がないことで、仕事やお金、健康や人間関係トラブルといった、あらゆる社会的な損失が出ていますので。

この章まとめ

生産性の高い読書を除くと、教養的多読はほとんどが、娯楽。

学習のための読書は、基本に忠実であればいい

では娯楽ではない学習のための読書とは何か。

その前に人生に影響する読書は基本が比較的普遍的であるという事について書きます。

先に少し述べましたが、健康について自分が実際に出来る事というのは以外に大した量はありません。

仕事についてもそうです。 結局ドラッカーやコトラーが記したもので十分だったりしますし、焼きまわしてわかりやすくされてるだけのビジネス書も大量に出ています。それらは理解を深めてくれるので良いと思いますが、復習にしかなりません。
そもそもドラッカーから学んだ知識を行動に起こせているなら、復習する必要は無いわけですよね。

あとは人間関係ですが、これも仕事と同様、基本があってそれに科学的な根拠が肉付けされたりしていますが、科学でわかったからといって、行動そのものにさほど大きな変化を必要とする程の発見は滅多にありません。

基本を抑えるの本を読み、それを行動に移すのが必要なのであって、多量に読むことが必要なわけではありません。 大切なのは行動に移せているか(思考法が定着しているかも含む)、です。

繰り返し同じ知識を読む、または違う著者の切り口で同じ知識を読む事で新たな発見があることはありますので、一冊読めば良いという意味ではありません。
これは価値観や行動も1か0かの話だけではないので、知識を深化させるためにもある程度の読書は、栄養として必要だと思います。

ですが、月に数百冊レベルで読まなければならないなんて事は無いでしょう。 それは生産性が低い人か、もしくは、特殊な創作家、作家業をしてるような人だけです。言わば多読術を説いてる人達はそういう人たちです。
だから彼らにとって多読は必要なのでしょうが、普通はいらないとボクは思います。

基本を抑え、後は毎年出てくる新しい知識を取りこぼさないようアンテナを貼っていればいいのです。
そういう本は多読の中で見つけなくとも、普通にある程度売れますし、売れておらずともタイトルで自分に必要か十分判断出来るでしょう。

もちろん多読すればその分、そういった本に出会う確率は増えるので、多読をした方がいいともとれますが、最速で知識を得るより、目の前の知識で生産性を高める方が圧倒的に人生にとっては大切な事です。

仕事のためにも、お金のためにも、健康のためにも、そして家族や友人のためにも。

この章のまとめ

基本的な情報を得て、行動に移すための読書をする。
その情報量はさほど多くないので、人生にアウトプット出来ているのであれば、それ以上に読書量や速さを求める必要はない。

人生に必要な知識とは何か

では具体的に、どういった知識が自分の人生に影響を与えるのでしょうか。
そもそも「影響を与える規模(人数)」が大きいほどその人の生産性が高い事になります。

人間関係に至っては「数」に限りませんが、普遍的なスキルは多くの人に有効という意味である意味「数」を得る事も可能でしょう。得る必要はありませんが。

思考のための知識とは

PDCAやGTDなどのタスク管理ツール、時間管理のマトリックスやロジックツリーなど フレームワーク思考です。
これらはすべての分野で必要なものです。
思考力が伴わなければ、アイデアを見つける事も論理的に知識を行動に変える事もできません。 最重要です。これが無いと話になりません。

これらのツールが絶対必要という事ではなく、考え方が身についていればいいのですが、行動が出来ていないなら身につけた方がいいという事です。 ボクは何もできなかったのですが、これらの思考ツールで動ける人間になりましたので、心底オススメします。

健康の知識

これが一番むずかしいかもしれません。
新しい知識を取捨選択し、ただしく取り入れるのはなかなか難しいです。
ただ、普遍的なものも沢山あります。
運動や睡眠などはその典型例ですし、歯磨きなど落とし穴的に知って置かなければならないものも健康に直結する大事な知識です。

健康が害されれば生産性が下がりますし、若者だとさらにマクロ経済的に損失が尋常ではありません。
老人もそうです。医療費の問題は、個人の不勉強による結果でもあると思います。これは日本全体の問題です。
ミクロ的な視点で一人一人が自分の健康に対し、学習し実行していれば、医療費の問題は少なからず改善するでしょう。

例としてはウチの母親です。
以前どこかで書きましたが、腰をやってしまって手術しかないと言われましたが、ボクが本を読み漁りその知識(簡単な生活習慣の改善)を実践させたところ、手術せずに仕事に復帰できました。
医療の世界も様々です。
現代医療は素晴らしいと思いますので、医療不要論みたいなことは言いませんが、自分で学習することの重要性を感じた出来事の1つでした。

読書から病気の改善やリスクを下げられるなら、なかなかコスパが高いと思います。

また、体だけでなく心の健康もそうです。 実践的な心理学や脳科学は役に立つでしょう。ストレスは体の健康にも影響がありますし。 人間関係にも影響します。
それに、これらは仕事の生産性にも関わる情報が得られます。(すぐやるとか、習慣とかそんな類の本)

人間関係の知識

人間関係も生産性に関わります。
直接的な人間関係もそうですが、そもそも人の「幸福度」が人間関係の良し悪しに左右されることは研究で明らかになっているそうです。

幸福度は重要です。ストレスに影響が出るでしょうし、そうなれば生産性にも影響が出るでしょう。
それだけのみならず、良質な人間関係を構築するスキルというのは、人を成長させますので他人へ危害を加えたり、加えられたりする事を避ける術にもなりえます。

そもそも幸福という、変えるものがないものを得られるという時点で、地政学や歴史の知識なんぞよりどれだけ役に立つことか。

コミュニケーションとは会話の事のみを指しません。
そもそも人はコミュニケーションを取る事を目的としているという吉田尚記さんの言葉は真実だとボクは思っています。
コミュニケーションの欠落、人間関係の不安定さは仕事にも健康にも影響を及ぼします。

仕事・専門スキルの知識

一番わかりやすい生産性、影響力に関してはこの項目でしょう。

自分の仕事や、専門分野、またはこれから得たいスキルのための本を読めば良いです。
これは各々、違うでしょう。
映画監督が映画を多聴するように、自分の仕事の分野の知識を沢山得るだけです。

この知識に行動がつけば生産性は自然にあがってきます。 つまりお金も時間も自由に出来るようになってくるという事です。
仕事の知識を得るというのはすべての人に必要なことです。

これが高まればお金を稼げるという事ですし、時間が出来お金を使う事もできるので、経済的な意味で世の中を良くする事もできます。
稼ぐも使うも、税収になるので。

一般教養~娯楽的教養

教養も重要ですが、前に上げたリストに書いたとおり、主にコミュニケーションに対して必要なものですので、どのくらい、そしてどういった教養が必要かはある程度の個人差があると思います。

人とのコミュニケーションには共通点が必要です。 そのためにも一般教養を磨く読書はすべての人にとって娯楽でもあり、生産性の高い読書でもあると思います。

しかし、すべての教養を得る必要はありません。
属しているコミュニティで必要な教養があると思います。
バイク乗りならバイクの教養は欲しいでしょうし、最新情報も欲しいでしょう。 そんな感じで自分の属しているコミュニティ内での教養は身につけておく方が人間関係にもプラスでしょう。
知らなければ知らないというにしても、基本がわからなければ説明が理解できない事もあります。コミュニティ内の教養は専門的なものが当たり前になるからです。
そもそもコミュニティに属している時点で基本知識はついているでしょうけど…。

繰り返しになりますが、多読家が進めるのは主にこの部分です。
もちろん知識が豊富な人は魅力的ですが、読書の生産性が低いですし、知らなければ知っている人に聴けばいい。
考える種になるという意味で知識は大事ですが、すべてを知らなければならない程必要なものではありません。
これは捉え方によって誤解を招きそうですが、百科事典はwikipediaとGoogleに任せといてください。

むしろ特定の分野でプロフェッショナルになる知識をつけるという意味で教養を学ぶ方が面白い人になれます。
あの人は江戸時代に詳しい。あの人は西洋史に詳しい。科学ならあの人だ。そんな人になるための娯楽的読書をするのなら生産性は高いと思いますし、良いアウトプットが出来ているという事になります。
コミュニティ内での自分の価値もあがりますし、話し相手に対しても生産性の高い情報を提供できます。

例えば歴史が苦手な自分の子供に歴史をうまく教えられるのは生産性が高いといえますよね。

教養とはコミュニケーションの相手があって、はじめて価値を持つものです。

おまけに、お金について

お金、金融については学んでおいた方が良いと思います。 これは一般教養の中でも最も学ぶべき教養だと思います。 資本主義なので。

なんで学校で教えないのか不思議なくらいです。 下流老人問題などを考えると、おわかりの通りお金の知識があれば防げた社会問題、そして個人の問題は多々あります。お金の知識は人生へのアウトプット、生産性の観点からみてもコスパがかなり高いです。 若い人は時間という武器が投資の価値を高める事について、早めに学んで置くことをオススメします。

以上、これらを学んでおけば、高い読書の価値を得られると思います。

偉大な事をしろとか、高尚な知識を持てというわけではなく、効率よく生きるための読書をボクはオススメしたいです。

これは自分自身に対して、読書をして何かを得るのなら、その指針がなければならないと感じ、考察しました。
異論もあると思いますが、受け付けませんよ。個別に解決してください。 でも、専門外の教養をつける事での社会的影響力はほぼ0に近い数字だという事だけは忘れないで欲しいと思います。時間は有限なので、娯楽のためではないのなら、読書も効率よくした方が良いでしょう。非効率の方がいいと思う人がいたらそれはそうしてください。

まとめ。

  1. 思考法(フレームワーク等)のための読書
  2. 健康のための読書
  3. 人間関係のための読書
  4. 仕事、専門知識、スキルアップのための読書
  5. 所属するコミュニティで使える、教養、娯楽的読書

めちゃくちゃ長くなってきたけど、結局何が言いたいのかというと、要はこれらの項目について各パラメーターを上げるように読書するのが効率的ってことです。

この大枠の中で、この辺に欠点があるなと思ったら、そのジャンルの本を読めばいいだけ、ね?簡単でしょ?

ボクはこれからこの指針に沿って読書PDCAを組んでいこうと思います。 名付けて、人生攻略読書サイクル!

ダサい!

長い駄文を最後まで読んでくれてありがとうございました。皆さんの読書の指針になれば幸い。

個人的に結構、的を射てると思ってますけど、だって一般的なサラリーマンは哲学や古典文学で飯は食えね―し! その上で、娯楽の読書も楽しめばいいと思います。無論、娯楽なんだから別にアニメやゲーム、ドラマや映画でもいいですし。ボクは本を読むのが好きなので本を読みますが。
数百冊読んでるような多読家も結局そうだと思います。知識欲とか、欲を満たしたくて読みたいだけなんすよ。 なんでそれを偉そうに言うのかなぁと思ったので、読書の価値を考察してみたくなったんです。

必要なのは量でも速さでもない。実際の行動の移せる知識を得て、行動出来ているかどうかだ。

読書はストレスレベルを下げるそうなんで、そういう意味でも価値がありますよ。 ボクは読書をすすめます。でも多読はほとんど娯楽だから、必要ならやればいいんじゃないという記事でした。